糧になっています。

「理想の姿」に向かって共に歩むパーソナルトレーナー、相支走愛(神戸)の野見山健治です。

 

先日大学時代からお世話になっていた先生がお亡くなりになったという連絡を同期から受けました。連絡をもらえることだけでも感謝。ありがとう。

 

 
私は今ではこうした身体を動かすことを生業としていますが、大学時代は今とは全く違う世界である「合唱」に力を入れていました。

 

もともと好きだった歌を本格的に始めたのがこのときでした。高校時代多少かじっていたとはいえ、ほとんど知識も技術も無いに等しく、練習でその先生を見ても「ピアノを弾ける人」という印象以外何もありませんでした(その業界ではとてもすごい先生!ありがたみを知れ、当時の自分!)

 

それでも練習や本番を重ねるごとに次第に魅力を感じ、どんどん合唱を、そして先生を好きになっていきました。
先生の技術が長けているのは言うまでもないのですが、上手いというより凄いという感じ(語彙力のなさw)。音の「圧」が違うんです。
そんな圧倒的な存在感のある伴奏で歌えることを、喜びとして感じていました(最初は特別なこととも思っていなかった当時の自分の後頭部をはたきたい)。

 

そして卒業後にもOBとして歌うだけでなく、演奏をする先生の横に座らせていただくという機会もいただいたりと、練習や本番が楽しみだったのを覚えています。
社会に出てからも年に数回ですが、顔を合わせると「野見山元気か」みたいに気にかけてくださるのが嬉しかった。

 

合唱では当然ながら「歌詞」が大事になります。歌詞として発する言葉はもちろん、それを引き出すための指示の仕方など言葉を大事にされていました。合唱からは離れていますが、言葉の伝え方への意識は今でも役に立っています。

 

いろんな経験をさせていただいた先生には、本当に感謝です。ありがとうございました。

 

 

数日前になぜか不意に気になり、当時の演奏を振り返って聞いていました。今考えたら虫の知らせというやつだったのかもしれません。単なる偶然かもしれませんが、そう思っておこう。

 

やりきりたい

当然のことではありますが、自分も年齢を重ねてきて、それと同じように周りも時間を重ねています。
ずっといるのが当たり前だと思っていたけれど、そうじゃないんだなというのを感じることが増えてきました。
 

 

自分にもその時がいつ来るかわからない。
その時に「やりきった」と言えるだろうか。少なくとも今はまだ言えない。何もかも中途半端だ。

 

何かの時に振り返って、「やりきったぞ」と胸を張って言えるように。

もし、その時に周りに何かの力を与えられていたら、それは幸せと言えるだろう。

 

今はまだなら、そうなれるように頑張るしかない。やるしかない。
そんなことを改めて感じさせられました。

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