数字の持つ意味。

「理想の姿」に向かって共に歩むパーソナルトレーナー、相支走愛(神戸)の野見山健治です。

 

日本陸連が方針として、選手の身長・体重の情報を基本的には非公開として、情報を収集することも控えるということを打ち出しました。これまではプロフィールという形で公開をされるのが当たり前になっていたので、大きな変更となります。


その背景には数字が独り歩きすることによる誹謗中傷や誤った情報の拡散などがあったとしています。今後掲載をする場合には、使途を明確にし選手自身の同意を得た上で対応をするそうです。

 

今まで「当たり前」だったことを見直そうという姿勢は常に必要だと思います。今回のような個人情報の扱いなど(どこまで個人情報と見るかは別として)には特に目線が厳しくなりつつありますから。
本人の意志が反映されるという形であれば、それでいいと思います。

 

 

体重別の競技などでない限りは、こういった数字は一般の人が知らなくても問題はありません。ただその数字が実際に見ていない選手のイメージを作り上げて、その凄さを垣間見たり、選手や競技の魅力となる面もあったとは思います。

 

弊害もある

たとえば私の身長・体重は(公開されている数字としては)男子マラソンで日本代表になっている服部勇馬選手と全く同じ数字です。なんとなく嬉しい(笑)
中身が全く比べ物にならないのは言うまでもありませんが、このバランスで質を高めれば、高いパフォーマンスは可能だと考えることができます。

 

一時期、長距離選手は体重が少ない方が速いというのが常識のようになっていました。今は以前ほど極端な身体の選手は少なくなった印象ですが、かつては170cm台でも50kgを下回るような選手もいました。
確かに相対的に重いよりは「ある程度」軽い方が良い面もあるとは思いますが、数字だけの独り歩きになると違う解釈をされてしまう恐れはあります。

 

 

先に挙げた私が服部選手の数字を見て「これで大丈夫」という考えをする一方で、ある数字を見て「ここまで減らさないと(増やさないと)厳しい」という見方をする人がいるのも事実でしょう。
それによって生まれる健康的な問題というのもあり得ます。どちらの目線からしても数字だけのものになり得るので、本質の通じにくい数字だけという情報を制限して本人の意志に合わせて公開するかどうかを決められるというのは良いことなのかもしれません。

 

 

今回は陸上競技に関することですが、もしかすると今後他の種目にも拡がるかもしれません。
たとえばバレーボールやバスケットボールだったら身長のように競技やポジションによって「有利」とされる身体的特徴がありますよね。陸上競技でもそうです。

個人的には「こんな身体でもこういうパフォーマンスは出来るんだ!」というような競技の常識にとらわれないような選手については、積極的に公開してほしいなと思ったりします。
それが競技に取り組む子どもや選手の励みになることもありますから。

 

 

ただ情報を制限すればいいというような息苦しい社会ではなく、意味のあるものに繋げてほしいと思います。

 

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